観察日記

頑張って生きてます

無題

道場で稽古をしていると、ふらりと前髪の長い女の子が入ってきた。服はボロボロだったが、顔立ちは整っていて汚らしい印象はなかった。門下生が少なく道場にいるのは自分と、奥の座敷に師匠がいるだけだったので俺が話を聞いてやることにした。大方腹でも空かせた孤児か何かだろうと思ったが、どうやら違うようだ。最初はボソボソと途切れ途切れに話すので何を言っているのか分からなかったが、要はうちの師匠と闘いたいということらしかった。道場破りだ。こんなことははじめての上に相手が女の子なのでどうしたものかと思ったが、門前払いもかわいそうに思ったので一応師匠に聞いてみることにした。師匠は話を聞くと何も言わずに立ち上がり稽古場まできて女の子をじっと眺めると一言「いいよ」と言った。

 

試合が始まると、衰えているとはいえあの師匠と互角に女の子がやり合っていて唖然とした。さっきまでボソボソと喋っていた子と同じ人物とは思えない声を張り上げて次々連打を繰り出している。とはいえ流石に疲れが見え始めると、防戦一方だった師匠の方が押し始めた。「ほらほらどうした」なんて喋りながら闘う余裕すらまだあるようだ。すると突然師匠がつるっと足を滑らせ、前のめりで右肩から思い切り倒れてしまった。試合は一時中断された。右肩が完全に外れ逆方向に折れて、関節に大きな窪みができてしまっている。塗らせた手ぬぐいを差し出したが「おう、ありがとな」と言った後すぐ床にポイと捨てられてしまった。ゴリゴリと鈍い音を立てながら自力で肩をはめた後「まぁ、釈然としないだろうがお前の勝ちだよ」と言うと女の子は一礼して出て行ってしまった。自力ではめられたとはいえ真っ赤に腫れ上がっている右肩をおさえながら師匠は座敷へ戻って行った。負けた師匠の方が、なんだか嬉しそうだった。